かつて日本は「水と安全はタダだと思っている」と陰口をたたかれていた時代があったらしいです。安全についてはタダどころか、GDPの1%を超えるか超えないかの国防予算を組んでいるし、水も安定供給を維持するために当局はまめに上下水道施設のメンテナンスを行っていて、そのための負担を水道料金という形で受益者は払っているのですが。
ところでアイルランドは少し前まで、各家庭が水道料金を負担しない、EUで唯一の国だったそうです。「だった」と過去形にしていますが、実はこれが同国の政治問題になっていて、現在も多くの人たちが水道代を払っていないらしい。このあたりのいきさつを、ラトヴィアの新聞が伝えています。
全文はちょっと長いのですが、内容をかいつまんで書いて見ますと:
・EU加盟国は”Water Framework Directive(水道枠組み指令、WFD)”を尊重する義務を負っている。WFDとは主にEU域内の水質保全を目的とした枠組みである。水の汚染者(=使用者)が供給コストを支払うのが原則である。ただしアイルランドはWFD第9条によりその義務を免除されてきた。
・近年アイルランドでは「水」と「会計」にまつわる概念が整ってきたため、EU委員会はもはやアイルランドに免除条項は適用されないと考えた。ギリシャに端を発した欧州経済危機のときに、アイルランドが融資を認められた条件が、水道料金制度の導入であった。
・当初当局は、水道メータ導入家庭には1,000リットル当たり4.88ユーロ、メータのない家庭には年間大人一人当たり176ユーロ、大人の構成員が増えるごとに一人当たり102ユーロの料金体系を決めたが、市民から猛烈な反発と抗議を受け、契約者・期間限定の割引料金などを提示して妥協を図った。しかし抗議はその後も続いていて、2015年時点でも全家庭の36%、約50万人が支払いをしていない。
・議会側から代案が出されるとそれに対する抗議が起こる。水道代なしの慣習でやってきたのだからそれでいいのでは、と疑問を投げかける議員もいるが、政府はEUに対し、水道料金を導入すると約束しているので、もしこの方針を撤回するとなると裁判沙汰となり、一日に何百万ユーロもの罰金を払わなくてはならなくなるかもしれない…
誤訳があったらごめんなさい。
この中で出てくるWFD第9条ですが、自分が見る限り、アイルランドのアの字も出ていない(WFDの英語テキストはこちら)。見る人が見れば、これはアイルランドを指している、ということがわかるのかもしれませんが、門外漢の日本人としては深く追求せず、ここはこうなのだ、と思うことにしましょう。
もともとアイルランドでは、水道代というのは一般の税制度の中で徴収されていたそうです。日本でも賃貸住宅の中には、家賃に水道料金が含まれている物件もあるので、このあたり理解はしやすい。同じインフラでも、電気・ガス・電話といった近代的なライフラインに対して、水というのは神代の昔から住まいの近くにあったはずだから、合理的に扱えない側面があっても不思議ではないでしょう。
ところで、この料金体系は高いのか、安いのか? 東京の水と比較してみました(東京都水道局の料金早見表はこちら)。水道局のHPには人数別の1ヶ月あたりの平均使用水量が載っているので、家族3人(約20立方メートル)、5人(約30立方メートル)のケースでシミュレーションしてみます。
東京の上水道は呼び径(メータ口径)で価格が異なるのですが、一番大きな25mmですと、20立方メートルの場合1ヶ月当たり3,391円、下水道が1ヶ月当たり1,684円なので合計5,075円。30立方メートルの場合は1ヶ月当たり4,773円、下水道が1ヶ月当たり2,821円なので月額合計7,645円。
これに対しアイルランドは、メータつきの計算式では、1,000リットル=1立方メートルですから、1ヶ月の消費量20立方メートルでは4.88×20=97.6ユーロ(1ユーロ120円とすれば97.6×120=11,712円)。30立方メートルでは4.88×30=146.4ユーロ(同146.4×120=17,568円)。メータなしの、家族の構成員数で計算されるケースでは、大人3人のときは年額176ユーロ(一人目)+204(102×2;二人目と三人目)ユーロ=380ユーロとなり、月額にすると31.66…ユーロ(同3,800円)。大人5人のときは二人目以降が408(=102×4)ユーロなので合計584ユーロ、月額48.66…ユーロ(同5,840円)?
家族3人の1ヶ月料金が、メータつきでは100ユーロ近くで、メータなしが30ユーロちょっとなんて、3倍も違う!使用水量が東京とは違うのでしょうか。また、追加分の大人料金102ユーロの扱いについては、我ながら翻訳がちょっと怪しいので、アイルランド当局の料金表に当たるべきかもしれません。
水道代込みの税体系をどうするのか、記事に言及がないのでなんともいえませんが、このままでは税と水道料での2度払いになるようにも見えます。とすれば抗議のデモも不払いも理解できないことはありませんが、現地の反発の根っこはもっと深いようにも思えます。イギリスの離脱問題で揺れるEUですが、異なる文化や歴史を持つ国々をひとつにまとめる難しさを象徴する事案のひとつといえそうです。
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